真夏の夜の…主の祈り

お寺とか、教会とか、つきものなのは幽霊。

お墓が近くにあったりすることもあるけれど、やはり、生と死の境界線のような、霊に出会う予感がするからでしょうか・・・

黙想の家も、わりと、そういう話はあります。

古い修道院だったりすると、なおさら。

*****

この夏、2泊3日で黙想に入りました。

完全に個人メニューの黙想だったので、自分なりに計画をたてて過ごしました。

普段、一人になることすら難しい生活をしているので、とにかく祈りにこころを向けていくことを心がけました。

それで、絶えず、心の中で主の祈りを唱えていたのです。

・・・・カトリックでは10年くらい前に主の祈りが口語体になりました。

私は文語体の主の祈りで育ったのですが、やはり、意味がすとんとわかる口語体にすっかりなじんでいます。

でも、お年寄りはなかなかそうもいかないようで、つい、文語体になります。

そういう人がミサで隣にいると、あれあれ??いつのまにかつられて私も文語で唱えていたりする・・・

・・・・で、主の祈りですよ。

夜、ベッドに入っても、意識がなくなるまで「天におられるわたしたちの父よ・・・」と、唱えていたんです。

ところが・・・どうしても、おしまいのほうにいくと、

「・・・我らを試みに引きたまわざれ、我らを悪より救いたまえ・・・」

と、なる。

おかしいな、と思いながら、眠ってしまったのですが、、、、、

翌日思い出して、これは、もしかしたら誰かが(もちろん、文語の祈りしか唱えない人が)いたのかな、と気がつきました。

不思議と怖くもなく、ぞっとしたわけでもありませんが、妙な確信が残りました。

誰でしょうね。

No Comments.

Leave a Reply

(必須)

(必須)