これも、PCファイルの整理をしていて見つけた文章。以前、幼稚園連盟の機関誌に請われて書いた原稿です。
もう、すっかり縁の切れてしまった故郷(そう、呼んでもいいのならば)。けしていい思い出ばかりではなかったけれど。
・・・昔話の得意だった亡き祖母、からかいながらもよく遊んでくれた叔父の思い出は、美しい自然とともに心に焼き付いています。
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もう、30年近く前に雪国に住む叔父から聞いた話である。
仕事で遠出した叔父は、秋の日の午後峠の道を車を走らせていた。
日暮れの早い山道はすれ違う車もなかったが、驚いたことに、とぼとぼと一人歩く老女。叔父は追いつくと車を停めて声をかけたのだそうだ。
峠の向こう側の村に帰るという彼女を助手席に乗せて、言われるままに本道から横道に入ると、昔ながらの造りの家々がひっそりと佇んでいた。
納屋の横手の柿の木は夕日を照り返して黄金色に燃え、かまどの煙のにおいがした。
老女に誘われるまま、叔父も車を降り、足下にどんぐりの実がざくざく鳴るのを感じながらついていくと、彼女はつっかえ棒を器用にはずして家の中に入っていった。
と、にわかに日が陰って冷たい風が吹きはじめたので、老女の帰宅を見届けたことでもあるし、叔父は引き留める彼女に挨拶して車に戻ったのだそうだ。良いことをしたという満足感の一方で、どうも腑に落ちない思いを抱えて叔父も家路についた。
老女の帰ったその村が何年か前に廃村になった村だと聞いたのはそれから2,3日あとのことだったそうだ。
「たしかに、人っ子一人いなかったよ。妙にしんとしていてさ。だけど、飯を炊くにおいがしていたような気がするんだけどね。」
昔話の『おしまい』のように叔父の話はそこでぷっつりと終わったのだった。
この話を久しぶりに思い出したのは、近所の邸宅が売りに出されて、太い銀杏の木が造成のために切り倒された後のことである。
その木は大人が二人で一抱えほどの大木で、夏には涼しい木陰を作り秋には黄金のそれはみごとな黄葉を見せてくれていた。
その木の立っていたところは、我が家にあと一息のきつい坂道の途中だったのだが、すっかり様子の変わった造成地を横目に坂道をのぼっている時、ふいに胸がしめつけられるような思いとともにまざまざとあの銀杏の大木が脳裏に浮かんだのである。
道いっぱいに黄金色の葉が散っている。競ってそれを拾い歓声をあげる子どもたち。懐かしい思いに胸がいっぱいになって目頭が熱くなった。
幻想ではない。記憶と言うにはあまりにもリアルな風景。
叔父の不思議な体験も、このたぐいのものかもしれない。
しかし、これは案外生活のあちこちに立ち現れている風景のような気がする。
それは亡き祖母の笑顔であったり、幼友達と走った夕陽の道だったり、蝉時雨の中、子どもと手をつないで歩いた夏の日だったり。
いつか経験したことかもしれないし、夢の中で出会った出来事であったかもしれないが、そこでは今も亡き人が生きていて、懐かしい時間が凝縮されて流れている。
―ああ、これがあるから私は生きていける。ここに帰る場所があるのだ―。
この時間は私達の時間と並行して流れているのだろうか?
どこか、扉を開けたら、いつでもその時に戻れるのだろうか?どうやら、私達の方からその時を呼び戻すことはできないらしい。私達が疲れて弱っている時に、突然、その風景は立ち現れて私達を癒してくれる。
その風景を、人は紡ぎながら生きていくのだ。
過去に紡いだ風景はゆっくりと熟成され、ある日ふいに、魂を生き返らせてくれるのだ。



